竈方祭(大方竈)

2010-11-29 16:25 投稿者:  産業振興課
「竈」のつく集落
全国各地に伝えられる「平家落人伝説」その伝説のひとつが、南伊勢町にも存在しています。町内には、『竈』の字の付く『八ヶ竈』と呼ばれる集落があり、平家の子孫がひらいたと言われています。

「竈」は、塩を焼く竈
『竈』の字を持つ集落は、いずれも入り江の奥まったところにあり、近くに川と山がひかえています。落人の人々は、ここで塩焼き竈を築いて製塩業を行い、生計をたてていました。というのも、南伊勢町には『浦』の字が付く漁民の集落があり、落人がこの地に逃れてきたときには『浦方』と呼ばれる漁民たちが海を生活の場にしていたため、海に出ることをあきらめて、塩を作るしかなかったのです。

失われた赤崎竈
かつて、平氏が壇ノ浦で敗れた際、平維盛(たいらのこれもり)の子・行弘(ゆきひろ)は、紀伊山地の奥地に隠れ住み、その三代目の子孫にあたる行盛(ゆきもり)が、一族を引き連れてこの地に移り住んだと云われており、『八ヶ竈』の人々は、その子孫に当たります。
『八ヶ竈』のうち、赤崎竈は、安政元年(1854)の津波で流されて廃村となり、現在は新桑竈(さらくわがま)、棚橋竈(たなはしがま)、栃木竈(とちのきがま)、小方竈(おがたがま)、大方竈(おおがたがま)、道行竈(みちゆくがま)、相賀竈(おおかがま)【現在は相賀浦】の七つになってしまいました。

竈方の伝統
これらの竈方集落には、中世以来の集落の重要事項を記した『竈方文書(かまかたもんじょ)』が伝わり、二年に一度竈方の代表が大方竈に集まって、古文書が納められた『御証文箱(おしょうもんばこ)』と目録を照らし合わせる儀式があり、この儀式の前に行われる「射場式」と合わせて「竈方祭(かまかたまつり)」と呼ばれています。
その名を今に伝える伝説は、今も竈方集落の中に脈々と受け継がれているといえるでしょう。
地図

郵便番号516-1304
住所三重県度会郡南伊勢町大方竈